・結婚のときヘレンは19才 読者へのお詫び

 

 さて、前々回で17才の女の子と結婚した、と思い込んでいたのは婚約した時点であって、結婚したとき、ヘレンは19才が正解である。ひとごとみたいに述べているが、卒業生から計算が合わないとクレームが付き、私ではなくヘレンに直接問い合わせ、
結婚したときの年齢を確かめたそうである。
 現在デンマークの成人は18才以上。当時は20才以上であったので、いずれにしても未成年と結婚したことには変わりがないということになる。それにしてもお粗末でした。読者の皆さんにお詫び申し上げる。

 

・トルコ大地震に揺れた銀婚式

 

 一昨年の8月17日トルコと黒海を挟んだ対岸のブルガリアで、我々の銀婚式にあたる日、午前3時に揺り動かされた。
 「地震だ!」
 「地震だ!」
とそばのヘレンに叫んだのである。
 しかし二度目に叫んだとき、何と地震という単語をデンマーク語で知っているにもかかわらず、ヘレンに日本語で叫んでいることに気付き、いたくデンマーク語にジシンを喪失した思いをしたものである。
 この旅行からデンマークに戻った後、お互い外国人と結婚して25年持ったことを記念して、25年前私たちの結婚式に参加した人たちを招待して、銀婚式記念祝賀バーティーを行った。

 

・ポールもヴィンターも今は亡く

 

 心残りは私がこうしてデンマークに生き続けて行く上で重要な役割を果たしてくれた人たち、養豚農家の農場主ポール、国民高等学校校長だったヴィンターが故人になってしまったことだ。
 私は当時、無我夢中でデンマークに生きていた。生活することで精一杯だった。今日の自分が存在するのは彼らが支援してくれたためであると、ポールやヴィンター校長に証明したい気持で一杯であった。

 

・妻への感謝、ひたすらに

 

 そして今日の自分があるのは、幼くして?私と結婚して私のわがままを不満ながらも我慢して受け入れてくれる妻がいるからと感謝している。もし彼女が当たり前のデンマーク人で私の身勝手に同意しない人であったら、今年の8月17日、私たちの銀婚式という日は無かったであろう。他人に妻を紹介するとき「私の愚妻は…」とは言えない自分をしっかりと認識している。
 留学生たちは「ヘレンは日本人以上に日本人だ」とよく言うが、日本人と結婚したことのない私には分からない部分もある。ともあれ、デンマーク人同士で結婚しても2組に1組は離婚する現代である。磁極のごとくマイナスとプラスが引き付け合っている夫婦が私たちかもしれない。

 

・時には夫婦で大喧嘩してスッキリ

 

 もっとも、どちらがプラスでどちらがマイナスかと判定するときに及んでは、各々の国の教育、生活風習、家族関係、社会環境などなどと大論争を巻き起こすのがいつものパターンである。論争というよりも大喧嘩といった方が正解かもしれない。
 どちらもそうであるが、自分の思っていることを相手に全部吐き出してしまうとスッキリした元の生活に戻るのである。夫婦喧嘩の紹介にまで及んでしまったが、「思うこと言わざるは腹膨るる業なり」と多分言ったと思うが、夫婦間で思っていることを完全にぶちまけてしまうと本当にスッキリするものである。これは仲直りのための薬になると思う。

 

・幼稚園に勤めて3ヵ月、知的障害児童施設に応募した

 

 幼稚園に勤めて3ヶ月目に、ある新聞広告で知的障害者の子供の施設で、生活指導員を募集しているのを見つけたので応募した。いろいろな福祉分野のことを、実践として学びたかったからである。
 採用試験はなく、現在その施設に勤めている職員と所長による面接で
決められるのであった。
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この手記は月刊「権利闘争」(権利問題研究会発行)にて連載されたものです。転載の許可をいただきました関係者の方々に感謝いたします。