・面接から一週間で採用通知がきた

 

 何人かの応募者の中なか、書類選考された者だけが、この面接を受けることになる。多分、私のCHIBAという名前がデンマーク人にない名前なので、書類選考で残され、面接されたのかもしれない。面接では私がなぜ知的障害児の施設で働きたいのか問われ、いろいろな起こり得る問題にどう対処し、いかに問題を解決するかを聞かれた。
 この面接から一週間も経たぬうちに電話で採用の通知が来たのには驚いた。新しい職場からの採用通知を受け取ると、直ちに現職の退職願を出すのだが、デンマークの社会に慣れていない私には、現職を辞めるということに少なからず後ろめたさを感じた。しかし、雇用者は慣れているのであまり嫌な顔もされずに収まったので安心した。

 

・ショートスティ、子供たちの日常生活の継続が大切

 

 知的障害児の入所施設といっても、私の場合はショートスティ用の施設であったので、収容可能人数も20人と小規模なものであった。ショートスティとは、障害児を持つ親が冠婚葬祭、旅行、介護を休みたいときに子供を一日から一週間単位くらい預けられる施設である。預ける親の居住する地域が決まっているので、一年もすると、いつどの子が来るというおおよそのパターンが飲み込めるのである。
 私は生活指導をするソーシャルワーカーで、子供たちが家で生活していた日課をなるべく壊さないように日常生活を続けさせるのが任務だ。従って、保育園、幼稚園、学校など、毎日の生活が継続するように生活支援をするのである。当然、午後から就寝まであるいは週末それらの施設から帰って来る子供たちの生活支援が主な仕事である。
 子供たちと宿題をやり、遊び、スポーツをし、散歩や買い物にいく、食事介助をするなどなどと目一杯の仕事である。子供たちの障害は知的障害、身体障害、自閉症とさまざまであった。1970年代には自閉症の子供たちは知的障害を持った子供と一緒に処遇していた。今では自閉症は自閉症という障害の分野で処遇されている。

 

・黒髪で茶色い目をした長男が誕生

 

 1976年の7月1日から始めたこの仕事も、長男が産まれた10月中旬ごろにはよく慣れて、自分で個々の子供の処遇方法を作成できるようになっていた。仕事には慣れたが、出産という初体験にはうろうろしたものである。予定日が近づいてくると、仕事をしていても気が気でないのである。特に夜勤をしているときは…。
 幸いにも在宅していた夕刻に陣痛が始まったので、救急車を呼び、助産院へ駆けつけた。ただ、私には産室に入りたくないという、なぜか日本的な?羞恥心みたいなものがあった。しかし、デンマークでは夫が産室に入るのは当たり前のこととされているので、困ったものだと密かに悩んでいたのである。分娩室からいつ呼び出しが来るかと心配していると、案の定、看護婦さんが来て「母体と生まれてくる子供に障害を与えないために、帝王切開にしますので県立病院へ入院しますから同行して下さい」と。
 帝王切開なら立ち会わなくても済むと、腹を切られる妻への同情よりも自分が出産に立ち会う必要が無くなったことに安心している自分が情けなかった。
1976年10月13日朝、看護婦さんが「男のお子さんです」と手術室から長男をワゴンに乗せて連れてきてくれた。日本の血とデンマークの血との結晶はとのぞき込むと、産道を通り抜ける苦労をしてこなかった我が息子は、実に端正な顔かたちをしており、当然ながら黒髪で茶色い目をしていた。
 後で聞いた話だが、出産した時、息子に蒙古斑があるのを発見した看護婦は、なぜ尾てい骨近辺にあざがあるのか不思議に思ったそうである。西洋人には赤子のとき蒙古斑はないそうで、東洋人やエスキモーにはあるそうだ。インディアンにはあるのだろうか?

 

・妊娠時から福祉の対象に

 

 デンマークには「ゆりかごから墓場まで」以上の福祉があるのを長男誕生を機に知った。
妊娠が家庭医のもとで確認され、本人の出産する意思が確認されると、その後は助産婦と家庭医によって出産までの間に、交互に合計で数回以上定期検診が行われる。私はなんとなく恥ずかしい気がして行くことが出来なかったが、出産2ヵ月くらい前には夫もそろって保健婦による出産準備講座を受けることが出来る。
 なお、出産にあたって本人の意思確認と述べた理由は、デンマークでは1972年までは自由に堕胎することが出来なかったのである。その頃、デンマークで盛んであった女性運動の一つの結果として、「子供を産む産まない」は女性が自己決定するとして、自由堕胎する権利を立法化したのである。
 長男を出産して一週間くらい入院してから、妻が退院したがこれは帝王切開のためである。現在では正常出産であれば、通院出産も行われており、オーデンセ市のように病院ホテルのあるところは、そのまま付随するホテルに泊まりとさせることによって、入院費を節約している。医療費が無料の国であるから、当然病院ホテルも無料である。

 

・生後1週間から、担当保健婦が訪問

 

 妻が退院して一週間くらいしたある日、ドアベルが鳴った。ドアを開けてみると見知らぬご夫人が微笑んで佇んでいた。
 「God dag。こんにちは、どなた様で」「私は市の社会課から来ました保健婦です。お宅では先週赤ちゃんが産まれたでしょう。私がこれからいろいろと育児や健康管理などお手伝いします」
 「それはどうもありがとうございます」
とは言ったものの内心驚いたのであった。頼みもしないのに保健婦が来ることを知ったからである。デンマークにおける保健婦の守備範囲は、〇才から18才までの幼児、児童から青少年まであって、成人、障害者、老人などの在宅患者は訪問看護婦の仕事となる。
 特に、〇才から5才までの間には、生後5週間、5ヵ月、1才、2才、3才、4才、5才と都合7回の家庭医による定期検診が行われる。この間に日本とほぼ同じような予防接種が家庭医のもとで個別に実施される。もちろん保健婦との関わりも十分にあるので障害児の早期発見など大いに役立つのである。

 

・出産休暇、父親にも2週間

 

 出産休暇は産前産後併せて14週間取る権利があり、出産前に4週間と出産後に10週間取るのが普通である。父親にも2週間の出産休暇を取る権利があり、出産後2週間取るのが普通である。なお、産後10週間の休暇は父親、母親が分けて取ることができるが、普通は母親が取るようである。
 その後もさらに自分で育児を続けたい場合には、育児休職制度があり、休業手当てをもらいながら一年間休職することができる。むろんその後さらに一年くらい無給で休業することも可能である。これらの休職はやはり、私企業に勤めているよりも公務員の方が、より取り易いのはデンマークも資本主義社会である証明であろう。

 

・就学前は保育園、幼稚園、幼稚園学級に通う

 

 産休を終え、職場復帰する場合、保育施設の利用が必要になるが、デンマーク政府は保育施設などの必要な定員を確保することを国民に約束している。すなわち〇才から3才までの保育の場と、3才から6才までの幼稚園がある。
 〇才から3才までのは保育園と、自治体が家庭の主婦などに委託する保育ママ制度がある。保育ママ制度は一人の主婦が5人まで子供を預かることができる。子供を預かるからには、当然自治体からは委託すべき人にふさわしいか?5人の子供を預かる空間が十分にあるかなど審査された上で委託ママとして承認される。委託ママは自治体から一般労働者の平均給与とほぼ同様の基本給を支給される。ちなみに日本円に換算すると月30万円くらいである。
 3才から6才までの幼稚園の後には、国民学校に付属する幼稚園学級と呼ばれる学級が一年生の下にある。この制度は1973年ごろに出来たもので、教育の義務である9年間の国民学校にソフトランディングさせる目的で作られた。義務ではないが、96%以上の子供たちがこの幼稚園学級に通学している。

 

・デンマークの出生率1・9

 

 デンマークはスウェーデンと並び女性の就職率が高いので、学童保育の必要性がある。この問題を解決するために、すべての国民学校はSFOと呼ばれる学童保育を実施している。SFOは自治体により違いはあるが、普通午前6時半から8時まで、正午から午後5時まで学校内の施設を使って学童保育を行う。学童保育の対象になる年齢は3年生までである。学校内にあるが職員は教師でなく、生活指導員が就く。
 社会福祉国家であるから、保育施設、幼稚園、学童保育などにかかる費用は無料といえばそうはいかない。有料である。かかる総費用の3分の1は両親の負担となっている。ちなみに保育園児1人に対し、親の負担は、日本円にして月額4万円くらいである。幼稚園児は3万円くらいと年齢が高くなるほど安くなる。
 最近デンマークの高齢化率は横ばい、出生率も高く、1・9に近づいている。ということは、女性が安心して子供を産めて、育児ができ、仕事を継続できる制度を国家がしっかりと築いているからだと思うのである。

 

・家庭医制度は国民医療費を大きく節約

 

 出産に伴い、デンマークの医療制度について簡単に紹介する。家庭医制度と呼ばれていて、一人の家庭医が受け持つ住民は1500人から2000人である。各自治体の人口に比例して家庭医の数が決まる。例えば、私の住むボーゲンセは人口6000人なので家庭医は3人いることになる。その自治体に住民登録する時点で、家庭医を決めるが、決めた後変更したい場合は毎月15日までにその旨自治体に申し出ると翌月から他の家庭医に代えられる。家庭医も折り合いの合わない住民は拒否する権利を持っている。
 家庭医になるためには、医師の資格を取得後最低でも5年の各種病棟経験がないと保険省から家庭医として認可が下りない。家庭医のもとで行われる診断、初期治療、処方箋、家族に対する精神的相談、予防、往診を含めて第一段階の医療と呼び、この段階で全医療行為の90%近くまで処置するといわれている。残りの10%は第2段階の医療と呼ばれ、いわゆる病院における医療行為である。病院はすべて県立の医師も家庭医の給与も県から支払われる。国民すべてどんなに長く入院しても、どんなに大きな手術をしても医療費は一切無料である。3ヵ月以上滞在する海外からの留学生も住民登録し、留学ビザを取得すると医療費一切無料となる。
 当然出産費も無料なので、医療費の高い日本で産むよりデンマークで産んだ方が安上がりと、日欧文化交流学院に留学中の女子学生が言っているのだが、いまだこのデンマークの福祉医療制度の恩典を受けた日本人はいないのである。私立病院が皆無に近いデンマークでの家庭医制度は、医療費を大きく節約することに多大な貢献をしていると言っても過言ではなかろう。

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この手記は月刊「権利闘争」(権利問題研究会発行)にて連載されたものです。転載の許可をいただきました関係者の方々に感謝いたします。